上を向いて歩こう5の2特別編
構成・文/団田芳子
ゲストの綿谷登さんは針中野生まれで、看板屋さんの息子さん。
幼い頃、看板の取付の手伝いで、梅田や難波の映画館に行くことも多く、映画好きに。
映像を学びたいと京都芸大(京都市立芸術大学)に進み、家業は弟さんに任せて大手テレビ局に入社。数々の人気番組をプロデュースされてきました。
現在は、大阪芸大の先生として、また空間デザインからグラフィックデザインまで広範なアートプロデュース・ディレクションを手掛けておられます。
そんな綿谷さんの目に映った粉浜商店街。
前半では、1つ1つの看板に向ける目の付け所にビックリしたり、街の景観、町おこしに繋がるアイデアなども飛び出してワクワク。
さて、後半は―。
2番街に入ってまず綿谷さんの目がピカリ!
『井川とうふ店』の前を行ったり来たり。そして正面に立って、
「これが一番仕事してますね!」
とショーケースの奥の左手の“創業明治後期 名代井川 手造りとうふ”という看板を指さした。
よく見れば、ここには正面の“活活とうふ”大書した大看板のほか奥の暖簾、そして左奥と3つの看板がある。
「正面はもちろん一番大きいし目立ちますが、前まで来ないと見えません。
左手奥のは角にそって緩くカーブしていて、住吉大社側から来る人に『こんにちは』と挨拶してくれるんです。店主をバックアップしてウェルカムな気持ちを表現している。
しかも豆腐の白!
ここはこだわりのある豆腐屋さんだとお見受けしますが、大豆がどうのと蘊蓄を語るとむしろつや消しになる。ただ白い看板で、豆腐を表現する強さがいいです!」と絶賛。
「こんな風に角に添ってカーブさせた看板はあまり見掛けません。でも、商店街は通り過ぎる人にアピールしてこそ。正面まで来るまで何屋か分からないことが多いけど、これはいち早く存在をアピールできてます」。
続いて、足を留めたのは『福田蒲鉾店』。
「木の欄間がいいですね。質実剛健な気概を感じます。揚げ物の色と合わせた天然木の味わい。カラーリングが出来てます」。
さらに『お菓子のデパート よしや住吉店』で。
店舗入り口上の壁面に飾られたお菓子のパッケージが綿谷さんのハートをキャッチ。
「巨大化したきのこの山、面白いですね。僕なら箱の後ろから子どもが顔を出しているイラストなんか足したくなりますね」。
店内は鏡が多用されている。
「ミラー効果を活用して広くみえますね。さらに殺風景になりがちな天井にも赤いスティックを並べて面の効果を出しつつ賑やかさも演出できています。賑やかで楽しい雰囲気が上手に作られていて、よく考えられていますね」。
そして、ブティック『AMAZON』の前で。
「陳列が店名通りジャングルのような雰囲気を醸し出してユニークです」としつつ、2番街と1番街の間の四つ角を子細に点検する綿谷さん。
これまでも「角は大事」と指摘されていた。
4番と3番の角でも、
「ちょっと殺風景ですね。角に粉浜のキャラクターでもいるだけでもすごく変わるんですが」と。
ところがここでは。
「がんばっている角。ここにオーラが立ち上ってますよ。ここがずんべらぼうだったら寒々しいものですよ。『AMAZON』と『補聴器専門店』、それに『コアラ不動産』のコアラの人形で活気が作り出されている。粉浜商店街で一番いい角ですね」。
1番街では、『すし 聖月』の看板を見上げ暖簾を触って綿谷さん、ふむふむと頷く
「看板は仏像風に下を向いて語りかけているし、暖簾の生地も上品ですね。何より文字がいい」。
それを聞いて店主の足立和隆さんが嬉しそうに、「筆文字は全部僕が書いたんです」と笑顔を見せた。
何と書道歴50年!
看板はもちろん幟やメニューも足立さんの手書きを使っているそうな。
「文字には人が出ますからね。ご主人はすべてをここでさらけ出しているようなもんですね」と綿谷さんが云えば、
足立さんは「信用してもらってナンボですから。お客さんと仕入業者に信用してもらって、その真ん中におるだけなんで」。
その言葉に綿谷さん、感じ入ったように「真っ正直な人やと文字からも分かります」。
さらに「店内の壁の煤竹、暖簾、ご主人の文字、随所にご主人の息吹がいきていて、考え方に筋が通っているのが分かる」と大絶賛。
ついでに店内の金色の招き猫も「ええ仕事してますね!」と。
「はい!節分には1000人近いお客さんに来てもらってるのも、このネコのお陰かも」と足立さんもニッコリ。
続いて、最近少し移転して広く立派になった『寺田園茶舗』へ。
「いい看板ですね」と見上げていると、店主の寺田さんが「これ、足立くんに書いてもらったんです」と云うから綿谷さんもビックリしている。
足立さんと寺田さんは高校時代の同級生とのこと。「良い繋がり、ご縁ですね」と綿谷さんはほっこりしたご様子。
ふと気付けば、2時間歩きっぱなし、綿谷さんを立たせっぱなしだった。
「え?そんなに経ってましたか。光り輝いているお店がたくさんあって、本当に楽しく歩かせてもらいました」と、どこまでも気さくで快活な綿谷さんであった。
さて、粉浜商店街をじっくりと見ていただいたご感想は、と改めて問うと綿谷さん、とうとうと言葉があふれ出す。
「商店街は通り道でもあるから、特性としてお店は通りに向いてるけど、お客さんは店に向いて歩いていないわけです。お客様の視線と合うのは店の前まで来てから。そこで初めてご対面となる。
だから、そのご対面をなるべく早くしたい。そのための突きだし看板、通りにちょっと出すA型看板があるわけでね。
そういう意味でも、『井川とうふ店』さんのあのアイデアは凄いです。お店の中にああいうアール型の看板があるのは画期的です」。
「自分の店をどう見せたいか、どのように伝えたいか。売り物はあるけど、商品を通じて伝えたいこと、世界観、メッセージが醸し出されているかが大事」と綿谷さんは強調する。
「たとえば『すし 聖月』さんなどは素晴らしい。エエ字やなと思って訊ねたらご自分の文字。奇をてらうのではなく、寿司に向かう心意気が伝わってくる文字です」。
「『AMAZON』さんも看板の横に観葉植物を飾ってアマゾン感を演出してたり、
『こびとのクローゼット フジヤ』さんの子どもが喜ぶ遊園地風などは、世界観がしっかり構築されてましたよね」
「『手打ちうどん みやこ・広州』さんも、デザイン的に整理されたものではないけど、意気込みや優しさ、おもてなしのメッセージが伝わってきました」
「看板は店の佇まいと一体になっていないとね。看板にだけお金掛けてもしょうがないんです。そして、もっと云うと1店舗ごとではなく、商店街がスクラムを組んで、通りが全部物語として繋がっているのが理想です」
「例えば、お茶屋の看板を寿司屋さんが書いた。お茶屋はまたほかの店に何か協力する。そんな文化、情報がリレーしていければ、商店街はもっと楽しくなるはず」
「商店街はトンネル。お客を逃がさないのではなく、みんなで包み込む。大きなストーリーを作っていくんです。そこにはイベントも発生するでしょう」。
「ここには住吉大社があって、その大きなパワー、文化がある。粉浜でしか考えられないことを大事にしながら発信していかねば。それはここに住み続けている人でなければできないことです」。
看板を超えたお話しに発展したけど、商店街ができることが山ほどあるように感じられてワクワクする
「これだけ原石がいっぱいあれば、色んなことができますよ!」
そのアドバイスを胸に、皆さまに楽しんでいただける商店街の物語を紡いでいきたいと思います。
綿谷 登 さん
大阪芸術大学客員教授、舞台美術家、一般社団法人・日本舞台美術科協会理事 西日本支部長